2008年10月14日

誰にも会わないスー・チーさん

「心配するな」と届く君の声。totoronです。

世間ではクルーグマン博士がノーベル経済学賞を取って脚光を浴びていますが、10年程前によく名前を見ていたなぁと経済学徒だったtotoronとしては思います。しかし、実際に表彰されるのは今年。スティグリッツもシェリングもフェルプスも、あれこれ理論が専門誌で騒がれてた頃から時間が経ってようやく表彰されます。物理学賞の益川氏ではないですが、その時評価されないと興味の対象も変わってしまうのではないかと思います。

さて、以前にノーベル平和賞を受賞した、アウンサン・スー・チー女史が、先日、ミャンマーの軍事政権に対して正式に抗議を唱えました。

【読売新聞 「ミャンマー軍政の軟禁にスー・チーさんが初めて文書で異議」】
ミャンマーの民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんが、同国軍事政権が講じる自宅軟禁措置に異議を申し立てる文書を軍政側に提出し、受理されていたことが分かった。


 軍政筋が11日、明らかにした。軟禁下でスー・チーさんが軍政に文書で異議を唱えたのは初めてという。

 同筋によると、文書は、スー・チーさんとの面会を許された弁護士が作成したもので、9日に新首都ネピドーで提出された。スー・チーさんが、軟禁の根拠とされる国家防護法の「国家秩序を脅かす存在」に該当しないことなどを挙げ、軍政の違法性を指摘する内容。

 スー・チーさん率いる最大野党・国民民主連盟は「異議に対する審問の開始を期待したい」としている。

 スー・チーさんの拘束・自宅軟禁は通算12年11か月に及ぶ。2003年からの軟禁は今年11月で同法の定める最長5年となるが、軍政は5月、スー・チーさんに延長を通告。09年11月まで最長6年の軟禁を「適法」とする見解を国営紙で示している。

こうなってしまった経緯は色々あると思いますが、元はミャンマーの軍事政権が総選挙で負けたにも関わらず、政権を譲らなかったという無茶苦茶な社会体制から来ています。ねじれ国会どころの話ではありません。

NHKのおはようコラムでは、このように解説されていました。

【おはようコラム 「誰にも会わない スー・チーさん」】
Q: どんな憶測ができるのでしょうか。

A: まず、軍事政権に対して民主化が進まないことへの抗議ではないか。スー・チーさんはこれまでも、民主化はすべての勢力によるものでなければならないという姿勢をとってきました。しかし軍事政権は一方的に憲法を制定し、5月にはサイクロンの救援活動のさなかに一部の国民を置き去りにする形で国民投票を強行しました。このまま選挙も行うのだとしたら、結局、軍の権力を維持するだけの民主化ではないか、という抗議の表れとも見えるのです。
さらに国際社会に対する失望。スー・チーさんには、国際社会は軍事政権の進め方にあとからお墨付きを与えるだけで、国連のガンバリ特使も軍事政権の敷いた民主化のレールに乗っていると見えてしまうのかもしれません。

Q: スー・チーさんが誰にも会わないことで、状況に何か変化は生まれたのでしょうか。

A: スー・チーさんは自分の考えをはっきりと伝える人で、これまでは国連の特使とも必ず会って話をしましたし、軍事政権とも民主化について対話をしたい姿勢を示してきました。そのスー・チーさんが誰にも会わない状況が続く中で、わずかながら動きが見えています。
軍事政権はスー・チーさんや国連が一貫して求めてきた政治犯を一部釈放し、また外からの情報が限られた生活を余儀なくされているスー・チーさんに対して英語の情報誌の差し入れが許されるようになりました。しかしまだ本質的な進展ではありません。
国連総会では初めての各国外相レベルの非公式の会合が持たれ、年末にはパン・ギムン事務総長がミャンマーを訪問することも検討されています。
スー・チーさんは誰にも会わないことで、結果的にその存在の大きさを改めて知らしめることになりました。そして、それはもはや話し合うだけではミャンマーの民主化は先へ進まない、というメッセージでもあるのではないかと感じます。

この考え方が正しいかどうかは別として、動かないことで、見えないことで、確実にスー・チー女史のカリスマ性が上がっている気がします。

上記の通り、活動的で社交的な彼女があえて誰にも会わないのは、何か考えがあるのでしょう。私が思うのは、こうして動かないこと、見えないことで、次代を担う人を育てているのではないかと思うのです。家柄や実績を考えても、スー・チー女史ほど説得力のある人はいないでしょうが、逆に今のままでは彼女がいなければ、ミャンマーの民主化運動は止まってしまいます。NLDが政党として民主主義を引っ張っていくためには、彼女のカリスマに頼らない活動と実績が求められているのではないかと思います。そのNLDの成長を助けるために、表に出ることで余計な力と時間を使わず、関係者を通して必要な知識や知恵をNLDに与えているのではないかと私は思うのです。

活動家は、動いた量で計るものではありません。活動によって与えた影響と成果で計るものだと思います。そのように、姿は見えなくとも、動かずとも、周囲に大きな影響を与えている人というのはいるのではないかと思います。小さく言えば以前のホリエモンや、三浦和義氏、大きく言えばスー・チー女史。思いはあれど、動くことがままならない。そんな彼らが軟禁先の窓から見る景色は、世界は、どのようなものなのでしょう。

それでは、今日はこの辺で。

「唯一本当の牢獄は恐怖であり、唯一本当の解放は恐怖からの解放である。」
(アウンサン・スー・チー)

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posted by totoron at 20:30| 東京 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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