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2012年01月26日

【多事争論】強いリーダーが生まれない理由

リーダー。totoronです。

世界の諸国で独裁政権が倒れ、そして世界は未曾有の経済危機に突入しようとしていますが、その中で各国リーダーの交代が近づいています。
日本はリーダーが度々変化する国として世界的に有名ですが、なぜ日本には長期に渡るリーダーが生まれないのか。面白い記事をみかけました。

【橘玲公式サイト 「「強いリーダー」はなぜいないのか? 週刊プレイボーイ連載(34)」】
ところで、日本にはなぜ強いリーダーがいないのでしょう。この疑問はふつう「政治家がだらしないからだ」と一蹴されてしまうのですが、そんな簡単な話ではないかもしれません。

1980年代から、世界80ヶ国以上のひとびとを対象に、政治や宗教、仕事、教育、家族観などについて訊く「世界価値観調査」が行なわれています。これだけ大規模な意識調査はほかになく、その結果もきわめて興味深いのですが、2005年調査の全82問のなかで、日本人が他の国々と比べて圧倒的に異なっている質問がひとつあります。

近い将来、「権威や権力がより尊重される」社会が訪れたとすると、あなたの意見は「良いこと」「悪いこと」「気にしない」のどれでしょうか。

集計結果を先進国で比較すると、フランス人の84.9%、イギリス人の76.1%が、社会を運営するためには権威や権力は尊重されるべきだと考えています。マリファナや安楽死を容認するオランダで70.9%、自助・自立を旨とするアメリカでも59.2%が権威や権力は必要だと回答し、権威的な体制への批判が噴出する中国ですら43.4%が権力は好ましいものだと考えています。

それに対して日本人は、この質問にどのように回答したのでしょうか。

驚くべきことに、日本人のうち「権威や権力を尊重するのは良いこと」と答えたのはわずか3.2%%しかいません。逆に80.3%が「悪いこと」と回答しています。この結果がいかに飛び抜けているかは、権威や権力への信頼度が2番目に低い香港でも22.6%が「良いこと」と回答していることからも明らかです。

日本人は世界のなかでダントツに権威や権力が嫌いな国民だったのです。



リーダーになる人に知っておいてほしいこと


そう、私も政治家がだらしないことが原因だと思っていましたが、事はそう簡単ではありませんでした。
数字は残酷に傾向を表します。

日本人は独裁嫌いだとは思っていましたが、まさかここまでとは。これではリーダーが生まれるはずはありません。リーダー恐怖症だからです。
権威や権力という言葉は、権利行使のための威力や力を指します。言い換えると、何かをするための権利を誰かが持っているということでもあります。
つまり、権威や権力を嫌うということは他人の権利を嫌うということです。それは民主主義の思想から外れます。また、誰かが何かをすることに対して嫌うということです。任せることを嫌うということです。だから結局、良い仕事ができなくなります。

第二次対戦の軍国主義への反省があまりにも強く、権力や権威が何を引き起こすかということをバランスよく教えることができなかった歴史観にも問題があったのではないかと思います。権力や権威に対して、もっと肯定的な内容も教えなければならないのではなかったでしょうか。権力も権威も、あるべき所に無ければ本来の価値を発揮できません。極端にリスクを避ける、臭いものにはフタ、という姿勢が完全に浸透してしまいました。
最近も従軍慰安婦や沖縄戦の取り扱い問題などで八重山地域の教科書が問題になっていますが、歴史認識が国民性に与えている影響は影ながら相当に強いのではないかと感じます。

強いリーダーを得るためには、先人たちの恨みや弁護に染まっていない、偏りのない歴史観を持つことが大切ではないかと思います。
そのためには、複数国の目線で同じ歴史を学び見つめることが良いのではないかと思います。
そうする中で、健全な使命感や人の立場に立ってみる心が育つのではないでしょうか。リーダーは民の心がわからないことも多いですが、民もリーダーの心がわからない場合もあまりにも多いのです。互いの立場や権利を尊重する、それが民主主義の基礎である基本的人権の考えです。
民主主義とは単なる多数決の意思決定方法ではありません。個人の権利を尊重した政治形態であり、その根本は個人の参政の権利であり、その参政権による信任行為から出る権威と権力です。形式的に民主主義を教えたり考えたりしてはいけません。民主主義を無視して生まれた独裁政権と、民主主義のルールの中で生まれたリーダーに権威や権力が集中することはまた全然別の意味を持つことを理解し、教育しなければなりません。

それでは、今日はこの辺で。

「力強さは使命感を持つところから生まれる」
(松下幸之助)

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posted by totoron at 02:27| 東京 晴れ| Comment(1) | TrackBack(0) | 多事争論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
太平洋戦争において、日本軍が十分な軍事力を示すことができていたならば、米軍は、沖縄に近づくことはなかった。したがって、沖縄戦もなかった。テクニカル・ノックアウトの判定を下す能力のない指導者が権力を握っていると、民の命はいたずらに消耗するばかりである。力は正義である。力を軽視する風習が人命を軽視する習慣につながっている。我々が自らの力を十分に示すことができれば、正義はわが方についてくる。(Might is right).

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812




Posted by noga at 2012年01月28日 02:52
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